(その3)因果と相関

■命題2:ファストフード店が増加すれば、青少年の犯罪率が高まる


ここでは、擬似相関を見破ろうという話をしよう。
まず、前回のおさらいから。


命題:因果関係があれば、相関関係にある(A → B)
A:因果関係がある
B:相関関係にある


この命題は真である。「因果関係があれば、相関関係にある(A→B)」は必ず成り立つが、その逆「相関関係があれば、因果関係にある(B→A)」は必ずしも成り立たない。因果関係にないにも関わらず、相関があるように見えることを「擬似相関」と呼ぶ。


図3のように「ファストフード店の増加」と「青少年の犯罪率の上昇」に正の相関があったとする。


命題:ファストフード店が増加する→青少年の犯罪率が高まる(A→B)
A:ファストフード店が増加する
B:青少年の犯罪率が高まる


一見すると、これは起こりうりそうだなと感じるが、はたしてこの命題は真だろうか?「よし、では青少年犯罪率の上昇を阻止するために、ファストフード店の出店を規制しよう」と考えるのは短絡的すぎやしないだろうか?


命題の真偽と対偶の真偽は一致することが分かっているので、まずこの命題の対偶を考えてみよう。
対偶は「青少年の犯罪率が高まらなければ、ファストフード店は増加しない(not B → not A)」である。


さて、この対偶は真だろうか?一般的に考えて、青少年の犯罪率の上下動に関わらず、ファストフード店はきっと増加していくだろう。むしろ、経済や少子化などのほうが影響が多そうだと思われる。対偶が偽であるならば、命題もまた偽である。したがって、「ファストフード店が増加すれば、青少年の犯罪率は高まる」は間違いである。


もう1つの見破り方として、科学的アプローチがある。

因果関係があることを示すには、以下の3つの条件を満たしていればよい。
 1)A は B に先行して発生しなければならない
 2)B は A が起きないときは発生してはならない
 3)B は A が起きたら必ず発生しなければならない


「擬似相関」とは、因果関係がないにも関わらず、相関があるように見えることであると前述した。
つまり、因果関係がないことを証明するには、1)〜3)に当てはめてその反証を示せばよい。


1)については不明である。社会現象の場合、実験により検証することが難しい(または不可能な)ので、統計データより因果を見出すしかない。しかし、仮にどのような統計データを見ても、ファストフード店の増加が青少年犯罪率の上昇に先行しているかどうかを見出すのは難しそうだ。


2)については、矛盾してそうである。ファストフード店が増加しなくても、青少年犯罪率は高くなるかもしれない。もしかすると、学校教育のあり方のほうが影響が大きいのかもしれない。こう考えると、ファストフード店の増加は直接的原因でないかもしれないという疑念が生まれてくる。


3)ファストフード店が増えれば、必ず青少年犯罪率は高くなるか?
仮にファストフード店の数を0にしてしまえば、青少年犯罪率の上昇は止まるだろうか?もしくはファストフード店の数を10倍、100倍にしてみれば、それに応じて青少年犯罪率は高まるだろうか?これを実験で検証することは難しいが、一種の思考実験として考えてみるのは面白い。

仮にファストフード店の数が0になったとしても、犯罪を起こす可能性が高い青少年たちは新たな夜の居場所を探すであろうし、10倍、100倍になったからといってそのまま犯罪に走る青少年たちの数が10倍、100倍になるとは考えにくい。これは我々の社会生活上の経験からいっても考えにくい。


こうなってくると、青少年犯罪率の上昇には別の原因があるのではないかと考えるようになる。
例えば、親が長時間労働であるために、子供が夕食にファストフードをよく利用するようになっているのではないかなどの新たな仮説が生まれてくる。

つまり、「親の長時間労働化→夕食をファストフードで摂る→深夜徘徊→青少年犯罪率の上昇」という構造があるのではないかと疑うようになる。
この場合、「青少年犯罪率の増加」の真の原因は親の長時間労働化にあるため、ファストフード店の出店規制は根本的に間違っていることになる。


一般的にマクロな現象の因果を解明するのは難しい。例え両親が長時間労働であっても、核家族化していなければ、青少年犯罪率は上昇しなかったのかもしれない。


このように結果が複数の原因による場合、なかなか反証を示すのは難しい。このような場合、
『「対偶論法的」に考えてこの命題は間違っている、また「科学的アプローチ」で考えてもやはりこの命題は間違っている。よって、この命題は間違っている』
帰納法的に説明すると、説得力が増すのではないかと思う。


(続く)